死んでから見つけてください

まだ生きてるけど

オラと私の夏休み

わたしには言いたいことや伝えたいことがありすぎる。だからいつも、何が言いたいのかわからなくなってしまうのだ。

中学生の私には、好きな先輩がいた。浅黒い肌、すごく暑いのに、わざとらしく捲り上げた長袖のシャツ、丁寧にワックスがつけられた、光を吸収する黒い髪。ある晩に、わたしは初めて彼と、初めて男の子と電話を繋いだのだ。気まずそうな「あ、もしもし?」が第一声だった。私ははじめての男の子との電話に戸惑い、ありきたりな返事しか返せなかった。先輩はそんな私をつまらなく思ったのか、「俺もう寝るわ。またかけるね」と言い、チリンという音が鳴った。また次があるのかというドキドキはむなしく、もう先輩から電話がかかってくることはなかった。今の私は「電話かけていい?」なんてきかず、無差別に電話をかけたりする迷惑人間なのだが、電話って基本、そういうものなのじゃないかなと思う。なんか、寂しいな、人の声が聞きたいなって思ってかける。出ないからって怒る義理もないような線で繋がれた関係だと思う。人の声とはいうけど、テレビや映画なんかでは専らダメ、私のために向けられた声と言葉を受け入れたい時が、人間にはある。まあ、その先輩には可愛らしい彼女がいた。彼女の、後輩からの評判はすこぶる悪く、わたしは、悪い評判の通りの彼女しか知らない。数日後、先輩と電話したことが何故か広まり、先輩の彼女から呼び出しを受けたことがあった。いつの時代なんだここは。と思いその呼び出しに応じなかった。

中学の教室は木の匂いと、給食の残り香、体育のあとの制汗剤の匂いが混ざって気持ち悪い、今でも思い出せるあの匂い、あれは中学生の匂いだ、と迷わず言える。高校の教室はそこから少し変わって、すこし女の匂いが強くなった。女子生徒が多かったのあるだろうけど、汗と、香水の匂いが混ざって不快だった。みんなエロいことに興味津々なくせして、自分はそんなこと知りませんよみたいな顔でお弁当をつついているのが嫌だった。部室でセックスしたとか、あの女はどうこうとか、そういう下世話な出来事を、心に持ち帰れない人ばかり。それを他人に言って何になるっていうんだ。言うだけで終わるわけじゃないし、傷しか生まないのに、誰かと言葉を交わすための切り札が、少なすぎた。ほんとうに、中学高校は地獄だった。私は特定の誰かから傷つけられたわけではない。不特定多数の誰かに、勝手に傷つけられて傷ついてただけ。誰も悪くない。簡単に傷付く自分でいないでほしかった。今思うことはそれだけで、それだけのはずなのに、それだけのはずだからこそ、あの頃に戻りたい、一日だけ、決められたものにラッピングされて、あの檻のなかに戻りたいと思ってしまう。

わたしは何も変わっていないから、泣かないでください

私はずっとここにいますから